ミシュランの国内開発拠点である太田R&Dセンターに注目する!

 先般伝えたミシュランの新製品、「ENERGY SAVER 4」の開発は群馬県太田市の太田R&Dセンターを中心に行われたようだ、と伝えました。2010年7月までここにはミシュランとして国内唯一の生産工場が隣接していました。

 スタッドレス「X-ICE XI2」やプレミアムコンフォート「PRIMACY LC」など懐かしの高性能タイヤを開発製造していましたね。

 しかし、当時クルマ市場の低迷でタイヤ販売が落ち込んでいることに加え、同工場の生産コストがグループの他工場と比べて高かった。グループ68工場平均の2倍近くに高止まり、これが閉鎖の理由になりました。
 
 太田工場閉鎖後の従業員約380人の処遇は、研究開発やコールセンター部門への異動、太田市以外の営業所拠点への異動を検討する、というのが当時のリリースとして残っていますが‥

 その後太田R&Dセンターは、同じ2010年に研究開発会社のミシュランリサーチアジアを取り込み、材料実験室と試作タイヤの生産ラインを新たに設置するなどハード面を強化。ただ実際のところは太田工場の生産ラインを改修し役割維持を主張、多少なりとも批判を薄めるのが狙いだったのでは。

 工場閉鎖は当時非常に残念なニュースとしてお伝えしましたが、その後10年にもなろうかという今、覚えている人は少ないかと。今回「ENERGY SAVER 4」の投入で、太田R&Dセンターが前面に出てきたのは嬉しい。

 海外メジャーの国内向けを謳う製品は決して珍しいことではありません。ただ実際は本国で開発し中国工場で生産、アジア市場の特に中国をメインとする中に支流として日本も加えた、というものなど。従って必ずしも国内専用と言えるかは怪しい。

 例えばピレリ、アジア・パシフィック市場へ向けた戦略は正にそう。市場規模、そしてピレリは2015年に中国化学メーカーに買収され傘下になっているのでショウガナイかな。それでもスポーツコンフォート「Cinturato P1」やスタッドレス「ICE ASIMMERICO」などは、国内でかなり好感を得ています。

 話戻ります。ミシュランが日本でタイヤ販売事業を開始したのが1964年から。浜松町-羽田空港間に新設されたモノレールに、スチールラジアル「X」が採用されたのが第一歩。その後あのオカモトと合併でミシュランオカモトタイヤを設立、1991年にミシュランオカモトタイヤ太田工場(群馬県太田市)で、ミシュランブランドのタイヤ生産を開始。変遷を経て国内55年もの歴史を刻んで来たことになります。

 世界的シェアはブリヂストンに次ぐ2番手に甘んじ、後塵を拝することもう長いです。それでもテクノロジーの先進性や信頼できるブランドとして、世界の代表的なタイヤメーカーの1つであることは間違いないかと。

ミシュラン製品一覧
世界シェア2位のミシュラン、起源は1863年に設立されたバルビエ&ドーブル株式合資会社。名称は1889年に採用、アンドレとエドアールのミシュラン兄弟の名前を冠したもの。日本でのタイヤ販売事業は1964年から。