
スタッドレスタイヤに万能が存在しない理由は、冬の道が一種類ではないからです。冬道=雪道と考えがちですが、実際にはまったく違う性質の道が混在しています。
フワフワの新雪、踏み固められた圧雪、スケートリンクのような凍結路、表面だけ水が浮いたツルツルの氷、ぐちゃぐちゃのシャーベット、そして雪が無いけれど気温だけが低い乾いたアスファルトなどがあります。
スタッドレスは、これら全部を走らなければなりません。しかし、それぞれの路面で効く仕組みは異なります。雪を噛む力が強いタイヤが、必ずしも氷で止まれる訳ではありませんし、氷に強いタイヤが乾いた道で快適とは限りません。この時点で、ひとつですべて完璧にするのは難しくなります。
分かりやすいのが、ゴムの硬さの問題です。氷の上でよく効くタイヤは、とても柔らかいゴムを使っています。柔らかいゴムは、氷の細かいデコボコにくっつくように変形出来る為、滑り難くなります。
但し、その柔らかさは欠点にもなります。乾いた道ではグニャっとした感触になり、ブレーキやハンドルの反応が鈍くなりますし、減りも早くなります。逆に硬めのゴムにすると、走りはシャキッとして長持ちしますが、氷の上では一気に滑りやすくなります。
柔らかくすれば冬道に強くなり、硬くすれば普段使いが快適になる。この両立が出来ないことが、万能の実現を否定しています。
溝や切れ込み(サイプ)の形も同じです。スタッドレスには細かい切れ込みであるサイプが多数入っていますが、これは氷や雪を引っかく為のものです。サイプが多いほど冬道では安心感が増しますが、その分ブロックがヨレやすくなり、普通の道ではフラつきやすくなります。音も出やすく、減りも早くなります。
反対に、切れ込みを減らして剛性を高めると、冬道での安心感は下がります。どこを重視するかで設計が真逆になるので、全部ちょうど良くすることは出来ません。
更に、使う人の環境が違い過ぎることも大きな理由です。毎日凍結路を走る雪国の人と、年に数回だけ雪が降る地域の人では、求める性能が異なります。
前者は多少うるさくても、とにかく滑らないことが最優先です。後者は普段は乾いた道を走るので、静かさや燃費、ハンドリングの自然さが重要になります。この両方を同時にしかも高い次元で満たすタイヤを製造しようととすると、如何せん中途半端が消えません。
クルマの違いも影響します。軽いクルマと重いクルマ、FFとFR、背の高いミニバンと低いセダンでは、同じタイヤでも感じ方がまったく異なります。あるクルマでは最高のタイヤでも、別のクルマでは扱い難いということが普通に起こります。すべてに完璧に合うタイヤという発想自体が現実的ではありません。
つまり、スタッドレスに万能が存在しないのは、技術が足りないからではありません。冬道の種類が多すぎて、性能同士がぶつかり合い、使う人とクルマの条件も違い過ぎるからなのです。
