スタッドレスタイヤという名前には、ちゃんとした意味と歴史があります。今では冬の定番となっているこのタイヤ、昔のスパイクタイヤから生まれ変わった、新しい時代の冬タイヤなのです。
もともとスタッド(stud)という英語は鋲(びょう)やピンという意味です。そしてレス(less)は~がないと言う意味を表します。つまりスタッドレスタイヤとは、鋲がないタイヤという意味になります。
昔は、雪や氷の上を安全に走る為に、タイヤの表面に金属のピンを埋め込んだスパイクタイヤが使われていました。このスパイクタイヤは、氷にピンを突き刺すことでしっかりとグリップ出来る為、氷の上でも滑り難いという大きなメリットがありました。
しかし、問題が。アスファルトの道路を走ると、金属ピンが路面を削り、細かい粉じん(アスファルトの粉)を大量に発生させてしまったのです。この粉じんは街の空気を汚し、健康にも悪い影響を与えました。
特に北海道や東北ではスパイク粉じん公害と呼ばれるほど深刻な社会問題になり、1980年代後半にはスパイクタイヤを無くそうという動きが全国で広がりました。
そこでタイヤメーカーは、スパイクを使わずに雪や氷の上を走れるタイヤを開発する必要に迫られました。その結果生まれたのがスタッドレスタイヤです。名前の通り、金属のピン(スタッド)を使わないタイヤです。
どうやって滑らないようにしたのかというと、ゴムの柔らかさと、細かい溝(サイプ)を工夫することで路面をしっかりとつかむようにしたのです。
1988年にブリヂストンが発売した「BLIZZAK」が、日本で最初の本格的なスタッドレスタイヤとして話題になりました。ブリザックは、タイヤのゴムの中に無数の細かい気泡がある多孔質ゴムを使い、氷の表面にできる薄い水膜を吸い取って滑り難くする仕組みでした。
これにより、金属のスパイクを使わなくても氷上で強いグリップを発揮出来るようになったのです。この技術の登場によって、スパイクなしでも滑らないタイヤが現実になりました。
その後、各タイヤメーカーが競ってスタッドレスを改良し、1990年代に入ると、ほとんどの冬用タイヤがスタッドレスになりました。そして1991年には日本でスパイクタイヤの使用が法律で規制され、スタッドレスが正式に冬タイヤの主流となったのです。
つまり、スタッドレスタイヤという名前は、スタッド(鋲)がないという単純な意味を持ちながらも、環境に優しい新しい時代の冬タイヤという大きな意味を持つ言葉でもあります。昔のように道路を削ることもなく、空気を汚さず、それでいて安全に雪道を走ることが出来る、その理想を形にしたのがスタッドレスなのです。
現在では、更に進化し続けています。ゴムの素材はより柔らかくなり、低温でも固くなり難い特殊な配合が使われています。また、氷の表面の水を吸い取る性能や、雪をしっかり踏み固めるトレッドパターンの工夫など、技術の進歩が積み重ねられています。
その為に今では、スパイクタイヤを知らない世代にとって、スタッドレス=冬用タイヤというイメージが完全に定着しています。
このように、スタッドレスタイヤという名前の由来は単に構造を表すだけでなく、環境問題を解決するために生まれた新しい技術と、社会全体の変化を象徴する言葉なのです。この誕生は、日本の冬道を変えただけでなく、安全、環境、技術革新という3つの価値を結びつけた、タイヤ史に残る大きな転換だったと言えるでしょう。